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クラッシャー上司の実践的対応策(2)

今回は、クラッシャー上司がどうやって発生するかを考えたいと思います。いくつか理由があると思います。

話がちょっと飛びますが、毎回ブログを英訳しようと考えており、前回も英語に訳しアップロードしています。前回の英語に訳して一番苦労したのはここの部分です。

 「上司の主張は実績や経験に裏打ちされた内容で、論理的には外見上正しいため、その内容自体への部下からの反論は非常に難しい。」

出典:クラッシャー上司 - Wikipedia

英語がネイティブの人なら「なんで反論できないの?反論できないなら、部下の言っていることが間違いなのではないか」と突っ込まれそうです。

そこで、どいういうシチュエーションか詳細説明したいと思います。以下のような感じじです。

(たとえば、営業部署で・・・)

クラッシャー上司「おい、君、私が言った例の提案は、A顧客にちゃんと提案できたかね?」

部下「す、すみません、足元、昨日ご報告申し上げた通り、B顧客のクレーム対応で精一杯で、A顧客の提案までできませんでした」

クラッシャー上司「君、営業部署の存在意義わかってる??顧客から収益あげなければ意味無いんだよ!クレーム対応なんて、なんの収益・評価につながらないのだから、ちゃんと私の指示されたとおりにうごいてもらわなければ困るよ!だいたい君は・・・」

みたいな会話だと思います。

B顧客のクレームで部下が対応しきれておらず、時間がないのであれば、それを可能にするのよう調整するのが上司の役目です。それをわざわざ部下を責めようとする理由はどこでしょうか。そこがわかれば、クラッシャー上司が生まれる理由がわかる気がします。

1.クラッシャー上司のそもそもの能力の高さ

おそらく、クラッシャー上司は、非常に能力の高い人なので、自分がプレーヤーだったときは、上記のようなシチュエーション(クレームがあった、業務トラブルがあった)であったとしても、うまくこなし、収益目標を達成できたのだと思われます。ただ、よくいわれているように、自分ができることが他人ができるとは限りません。そこを体得することがマネジメントになる前に学んでおくべきなのですが、そうならずに上司になってしまったということだと思います。

 

2.承認欲求

おそらく、能力の高いことをあらためて承認してほしいという欲求もあると思います。「私は圧倒的な能力があるのだ」というのを相手に責めることによって、確認するという方法をとっているというのも考えられます。目的に照らし合わせると、別に部下を責める必要はなく、その意図さえ伝われば、それでいいはずなのです。それでもあえて、責めるという(もしくは長時間にわたって責める)ということは、承認欲求が高い可能性は十分にあると思います。

 

3. 建設的な反論を受け入れられない

たとえば、このあとの会話で部下が最新の経営学かなにか記事を一生懸命読んでいて「クレームに適切に対応することで次につながり、最終的には会社の評価にもつながる」みたいなことを言ったとしたときに、クラッシャー上司は、どういう反応するかです。部下の主張も一面の真実ではあると思いますが、クラッシャー上司の特色としておそらく受け付けないでしょう。なぜ受け付けられないのでしょうか。それにもいくつか理由があると思います。

(1)建設的な議論を部下が働きかけてもその議論に対して勝ち負けで考えてしまう。

部下の方からすると、上述の意見は、会社のために、誰かは、やらなくてはならないクレームなり、雑事なりに対応する必要があり、そのことにクラッシャー上司に気付いてほしいという前向きな意見かと思います。しかし、部下からの意見を聞いて、新しい方法の解決手段を考えるということは、クラッシャー上司にとっては、「部下の意見に負けた」と思ってしまうところに問題があると考えます。

このことは、クラッシャー上司の中には表向きは、聞く姿勢を保っているというある意味賢い人もいて、本人も気づいていない可能性もあります。

「勝った・負けた」の話になってしまうので、部下からすると議論をする気が失せてしまうか、負けずぎらいの部下であれば、議論をしつづけますが、そういう部下が消耗戦になりやがてクラッシュされてしまうリスクがあると考えます。

(2)日本の教育システム

日本の場合、そもそも社会人になる前の教育システムが、ある一部分の能力しか測りません。一般的に優秀な大学を出ている人というのは、ある一定の科目を効率的に勉強できた人です。人格とか社会にどの程度貢献する可能性があるかというのは、(最近ではAO入試がでてきたとは言え)、はからずとも、そこそこ優秀な大学に入れるのです。

一般的には、この枠組みの過程で、なんらかの苦労をして、副次的な作用として、いろいろ学んでいくというのが一般的です。たとえば、受験勉強をしていて、数学がわからない、国語がわからない、暗記ができないといって、もんもんと悩んで、勉強とは別のことをしてみたり、それで親に怒られた、苦労した・・・みたいな経験を経ることにより、人間性の幅をのばすというのが日本の教育システムなのだと思います。

ただ、これは明示的にはどこにも書いていません。そのような苦労をまったくせずに、効率的に勉強ができる、ある意味能力の高い人たちがいます。そいう人たちは、社会人になるまで挫折せず、社会人になるにあたってもある程度下駄をはかせてもらって社会人になるのです。したがって、人間としてかならずしも成長していない人がそのまま企業に就職してくるのです。

そういう人が、企業に就職し、その業種がとくに保守的な業種だったりとすると、受験で問われているような、既存のもの・出来上がった枠組みを着実にこなす能力が十分にあれば、クラッシャー上司でもある程度は出世する仕組みになっていると私は考えます。たまたま、運がよかったんだよと教えてもらうことはなく、自分の実力だと勘違いしてしまうのです。

自分の実力でここまで上がってきたんだ、自分が常に正しいと勘違いしてしまうとなかなか建設的な意見は受け入れられないでしょう。

 

上記以外にも、日本は、集団主義の国だというのもあったり、日本の組織環境は、ジョブ型ではないとかいろいろありますが、長々してしまうのでそれは別の機会で議論したいと思います。

 今回は、クラッシャー上司が発生する要因をまとめてみました。クラッシャー上司というのは、ある一部分の能力がたまたま学校、会社で認められただけだと思います。したがって他人の感情や、そもそも能力のない人がどのように考えているかはまったくわからないですし、知ろうとすらしなくても、そのまま上司になってしまった、というパターンの人だと思います。発生要因を考えましたが、要因さえわかれば、その要因に即した対応策を考えればいいのです。そのあたりは、次回以降に議論したいと思います。