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家康さんと深堀トーク(1)

司会:こんにちは

家康さん:こんちわ~

司会:今日は徳川家康こと家康さんとお話することになりました。よろしくおねがいします。

家康さん:お呼びいただき、あっざーす。ブログに呼ばれるなんてちょ~ウケルですけど(笑)。

司会:まず、すみません。あの家康さんって我々からするとかなり手堅いイメージがあったんですが、けっこう軽い感じなのですね。

家康さん:そっすね~。まあ、人生いろいろ経験してるし~、言葉づかいぐらいはゆるくしておきたいみたいな(笑)

司会:これは、意外ですね。

家康さん:ちいさいころに、まず、エグいことされてますしね。生まれてきた家柄上、しょうがないんですけど、人質に出されてますし。

司会:そうですよね。織田家に預けられていたんですよね。

家康さん:そうなんっすよ。今の人たちだと、あんまりイメージつかないかと思うけど、これはこれで、結構大変なんすよ。いつ殺されるかわかんないし。子供心にケッコウ重かったんですよねぇ~。

わるいヤツが結構いて「オマエの親、裏切ったよ」とか冗談いうヤツもいたんですよ(笑)。なんていうのかなぁ、ちょっと笑えない冗談いうやつっているじゃないですか。ちょっと空気読めないみたいな。いつの時代もそういうヤツがいて、結構苦労しました。

司会:え、そんな奴がいたんですか。それは酷いですね。もしかして織田信長さん?

家康さん:いやいや、兄貴ではない。みんな、怖がっていたけど、兄貴はそういうところは、ちゃんと空気読める人だった。でも、人質時代には、兄貴とは、あんまり接点なかったかな。

司会:そうなんですか。家康さんが人質時代のあたりの資料って、あまり残っていないのですよね。

家康さん:あっ、そうなの。そうね。まあ、あっちは、預かっている身の長男だし、あまり話す機会は、なかったっす。遠くにいるなぁ・・・ぐらい。俺についてきた家来からも「あれはやべぇ、目がイっている」って言われて(笑)あんまり近寄るなって言われました。まあ見方によっては、そう見えるだよね。

司会:でも、ちょっとしたら同盟組むことにししたではないですか

家康さん:そうそう。同盟っていってもやや微妙な感じだっただけどね。それはおいおい話すにして、当時はちょっと荒れていたかな。お母さんとうまくいってなかったんでしょ??たしかそういうのもあるのかな。ちょっと自分の年代より上からは受けはあんまりよくなかったっすね。でも、兄貴の家来からの人望は、ムッチャあった。

司会:そうですよね。よく働いたと聞いています。

家康さん:そう。よくわかんないんだけど、カリスマっていうの?。そういうところがあったね。みんな若手が自然に集まってくるような。そういうのがあっただよねぇ。いろんな人がいっているけど、まあ、俺からすると基本的にまったく違うですよ。天性って言うか、カリスマ性っていうか。だって、フツウ日本人が、西洋風のカッコしたら笑っちゃうじゃないですか。「うわ、マジ、ダッセー」みたいな(笑)。いまはそれなりに、ユニクロみたいのが出てきて、日本人の体形でも似合うみたいのはあるのかもしれないけど、当時はそんなのないわけ。でも、似合うんだわ、兄貴だと。西洋の服着ていいても。マジ、神ってた。

司会:あ~確かに。今でも我々もその話は知っています。

家康さん:あのカリスマ性ほしかったなぁ。だから多少のパワハラでもオッケーみたいなところあったんだよねぇ。

司会:いまパワハラするとうるさいですからね。

家康さん:当時は、死ぬか生きるかだったんで、パワハラは当然OKだったんだけども、ちょっとこだわりすぎると、怖いんだよね。そこまでやる?みたいな。

司会:織田信長さんというとやっぱり強烈なリーダーシップを発揮して改革して、今だにいろんな方から尊敬の的になっています。

家康さん:う~ん。まあそんなんだけどね。当時でも、やりすぎはイマイチだったんですよね。

司会:なんかあんまり納得していないみたいですね

家康さん:納得していないというか、まあ、当時みんなついていけなくなったんですよね。なんだけっけ、あのナントカの乱だっけ、戦国の世が始まったとされるの?

司会:応仁の乱ですか

家康さん:そうそう。それそれ。それのせいで、秩序みたいのがなくなって、みんな戦うようになった。だけど、なんのために戦っていたかって、別に意味はなく、誰がエライかみたいな無意味な戦いだったんですよ。要するに意地の張り合い。

司会:ほー

家康さん:兄貴はそこに乗じていたところがあったんだよね。

司会:というと?

家康さん:もともとまあまあ頭のいい人だったから、これ以上無意味な戦争に、なんらかの意味を持たせようとしたぽいんだよね。なんだっけ、あの「天下布武」みたいな。でも俺以外はみんな意味わからなかったじゃないかなぁと思います。

司会:なんでそう思われるのですか

家康さん:みんな、勝つか負けるかしか考えてなかったでしょ?。生きるか死ぬか。兄貴のすごいところは、コンセプトを持って戦争をしようと、戦いの意味のすり替えをしたところにあると思うんだよね。なんか今で言う革命みたいな。それで世界中に兄貴の考えを広めようとしたわけ。武力でね。

でも、それって兄貴が考えた勝手なコンセプトなわけじゃん。正直、当時の一般的な日本人はどうだってよかったんですよ。それよりも、早く農作業や商業とか日常生活に戻りたいって思っていたわけ。

司会:へぇ~

家康さん:正直結構、戦ってグロいし、まあまあ、心やられるんすよ。マジ、トラウマ。

 司会:よくそんな中、自分を保てましたね

家康さん:まあね。結構忙しかったし、あんまりそこまで深く考える余裕はなかったので大丈夫だったのかな。あぶなかったことはあぶなかった。ただ、兄貴の考え方をヒントにちょっとおれも思いついたところがあってね。

司会:ありがとうございます。そのあたりちょっともっと詳しく聞きたいところですが、ちょっと字数が多くなってきたので、ここで一旦本日は終りにしたいと思います。ありがとうございました

家康さん:ありがとうございました

 

Globalization and Infinity

 I recognized that the globalization means the extension of the Enlightment thought. And I have pointed out in this blog that it will be more acceptable for proving the existence when you explain something with the never-ending possibility in many cases in this era of the globalization.

 Although I am not familiar with the communism, I think the communism is based on the thought of limited future, not unlimited future.

 With an eye on the earth resources, the concept of the communism is that there are no unlimited recourses so let's all share them and get along well. So my historical view is that there had been a fight between the side of believing the unlimited future and the one who does not believe the unlimited future from the middle of 19th century. And the end of the Cold War lead the release of the limiter which had been existing in the human history to prohibit everyone to believe blindly the eternal possibility.

 For example, there is Kamen Rider Series which is very popular for the children in Japan. In the beginning, there was only one Kamen Rider but it turned out to be around 40 Kamen Riders exists recently. The reason why the varaiety of the Kamen Riders have been increased is that it simply sells well. The concept of capitalism is that how much you sell is important and that it is against the communism. 

 You have to catch up this thought of capitalism whether this is bad thing or not.

 By the way, what is unlimited future?  Some of people deny the concept of unlimited future.

 I also think that believing unlimited future means that you are insisting the things which do not exist do exist.

 I think "infinity" is the concept which was made by humanbeings.For example, you will learn that in the formula "1≒0.99999・・・", if the 9 goes to infinity, that means 1. I think 0.9999・・・is 0.9999・・・,not 1.  This concept of infinity is not objective.

 I think to agree with the idea of unlimited future which might not exits is the standpoint of view of the management 

 The standpoint of view of the management which is often instructed to be shared in each company is vague but I think this concept is to make the impossible possible or to insist the existence of things which does not exist although it might lead to power harassment.

 For example, in about 200 years ago, almost no one believes that a lump of iron will fly in the sky but now, it flies as airplane. We have to believe such thing when working. No matter how old you are, if you seeks the concept of making the impossible possible or of insisting the things which do not exist do exist, you won't lose your job.

 

グローバリゼーションと無限について

 私は、グロバリゼーションというのは、18世紀にできた啓蒙思想が広がっていったということと捉えています。そしてグローバリゼーションの時代において、無限の可能性があるということを肯定した方がいろいろな場面において存在意義を示しやすいということを述べました。

 あまり詳しくはないのですが、おそらく共産主義というのは、どちらかというとこの無限の可能性があるという思想というよりは、逆で、有限を前提としていたのではないかと思います。

 地球資源という観点で議論すれば、資源には上限があってみんなで仲良く生きていきましょうというのが、共産主義の本来の狙っていた姿なのではないかと考えているのです。そして、人の可能性は有限なのか無限なのかどうなの?といYou うのが19世紀中頃から争われていたというのが、私なりの歴史の見方です。そして、冷戦がおわり、共産主義がほぼ否定されたことにより、人類史上に存在したリミッターがはずれたのが現代なのだと思います。リミッターというのは、盲目的に無限の可能性を信じることを禁じるものです。

 たとえば、ちょっと話が飛びますが、仮面ライダーシリーズというのがあります。開始した当初は、仮面ライダーだけでした。それがいまや40ぐらい仮面ライダーがいます。おそらく仮面ライダーの種類を増やした方が売れるからです。売れればどんどん増えていくのが資本主義です。売れれば良いのかよ?という考え方、資本主義に反対する考え方が共産主義なのではないかと思います。

 この資本主義的な考え方についていけるか否かが、いいか悪いか別にして、これからの会社員で重要です。

 ところで無限の可能性があるとはどういうことなのでしょうか。本当に無限の可能性が存在するのか疑問に思う人もいると思います。

 私も無限の可能性があるというのは、ないものをあると言っているのと同義だと思います。

 無限というのは、人間がつくった勝手な概念だと思います。たとえば、高校の数学では1≒0.99999・・・・と、9が永遠に並べば、1になるという考え方をしています。直感的に9が永遠に並んだら、それは、あくまでも0.9999・・・であって、1ではないのではないかと思います。こう考えるとやはり、これは、決めの問題なのでしょう。

 実際にあるかどうかよくわからないけども無限の存在を肯定することが会社員として重要たと思います。これはマネジメント目線に他なりません。

 よく強調されるマネジメント目線というのは非常に曖昧ですが、私は要するに不可能を可能にする、ないものをあるというのがマネジメントだと思います。一歩間違えればパワハラで、それぞれの人権を踏まえなくてはなりませんが、マネジメント目線というのはそういうことです。

 たとえば200年前には鉄の塊が空を飛ぶことはないと信じていた人が大半だと思いますが、現在は、飛行機として鉄の塊が飛んでいるのです。そういうことがあるのだと信じて仕事することが求められてるのです。ないものをある、不可能を可能にすること、そこをいくつになっても追い求めれば、グローバリゼーションで競争が厳しい中でも、職に困ることはないでしょう。

 

 

  

 

 

Globalization and Enlightenment thought(3)

 Through the discussion in "Globalization and Enlightenment thought (1)" and "Globalization and Enlightenment thought(2)"[1], I have explained  that we need to explain "why" for lots of variety of things. This time I would like to discuss how far we have to explain for those "why"s. 

 Considering lots of examples, my conclusion is that three things are enough to be acceptable. First is that it brings lots of variety of people to join the competition. Second is that it does not deny unlimited possibilities. Third is that it does not violates the social order or human rights. I will explain these as follows;

1.Bringing lots of variety of people to join the competition.

 If you launch a project for "Mieruka (Visualization which improves the working process by visualize the problem and everyone can see the problem)", you almost always meet the person who questions that just "Mieruka" does not mean anything more than just visualize the work. Although such question might be true in some aspects, there is a possibility that such person has narrow view of globalization.

 The purpose of "Mieruka" is to introduce lots of variety of people to join the competition. So it means a lot by just "Mieruka".

 Google has the mission statements "to organize the world's information and make it universally accessible and useful"[2]. This is "Mieruka" of all the information. Although lots of other companies which provide the search engine had become disappeared, the reason why Google is still alive is because of "Mieruka" of information.

 YouTube also became the popular services, having overcome the copyright law. This is also because it gives a chance to lots of people to join the competition.

 What I mean for the competition is that the system which provides lots of people to think like Descartes.

2. Unlimited is more acceptable than limited.

 Although the fact that the entire human will die or all the thing will be disappeared is true, it will be more acceptable when you deny it. When you think of why you need to work or why you want to be promoted, it will have no meaning when you thought that all the thing will be disappeared when you die. Thinking that you will grow eternally will be more acceptable.

 For example, when you want to discuss the "going concern", no one will discuss seriously when you insist that almost all the companies have been disappear so "going concern" is wrong.

3.The thing which does not violates the social order or human rights.

 Although your explanation pass through the process of 1 and 2 above, it will not be acceptable when it violates the social order or human rights. You cannot upload the all the thing in YouTube when it violates the human rights or social order.

  In plain words of 1, 2,3 above, it will be acceptable for the reason why something exits when you explain that such things exits for encouraging lots of people to be positive in order to compete for the equation of the method of thinking like Descartes. You can define "encouraging lots of people to be positive in order to compete for the aquition of the method of thinking like Descartes." as simply "the reason to live". If you want to succeed, you must check whether you have been giving other persons “the reason to live". For example, if you are musician who does not sell well, you need to check whether your songs or your performance gives “the reason to live" to the listener or audience and such performance or music is the one which you simplify wanted to sing or perform. I am not saying that some genre of" music such as cheering songs" are good since some people like "death metals" find " the reason for live" from listening such music but I just want to pointed out that your music or performance might be simply self-centered.

 In summary, I have discussed the globalization and Enlightment thought three times. Next time, I would like to discuss “2. Unlimited is more acceptable than limited.

 

 

References:

[1] You can find "Globalization and Enlightenment thought (1)" and" Globalization and Enlightenment thought (2)"below

 

・Globalization and Enlightenment thought (1)

deepdeepthinking.hatenablog.com

 

 

・Glolbalizationand Enlightenment thought(2)"

 

 

deepdeepthinking.hatenablog.com

 

[2]Google - Wikipedia

グローバリゼーションと啓蒙思想(3)

グローバリゼーションと啓蒙思想(1)(2)[1]で、現代は「なぜか」というのを説明する必要あるというのがどんどん求められていることを説明しました。今度は、どの程度理由を説明する必要があるのかというのを検討したいと思います。

 いろいろと考えられる事例から推測したのですが、結論から言うと、3つだと考えています。1.出来るだけ多く、多様な人間を競争に参加させるものであること、2.その行き着く形が無限の可能性を肯定するものであること、3.1、2でも公共の秩序や人権を侵害しないこと、の3つです。詳細は以下に説明します。

1.出来るだけ多くの、多様な人間を競争に参加させるものであること

 社内で見える化のプロジェクトを立ち上げようとすると必ず、ただ見えるだけにして何の意味もないじゃんというひとがかならずいます。その人のいうこともある意味正しいのですが、そのように意見する人は、グロバリゼーションを狭い意味でしか見えていない可能性があります。

 見える化の意義は、ありとあらゆる人が年齢や経験に関係になく競争に立てることに意味があるのです。したがって、見えるようにしただけで意味があるのです。

 グーグルは、「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」をミッション・ステートメント[2]にあげていています。これは情報の見える化だと思います。同じような検索サービスが淘汰する中でグーグルが生き残っているのは、あらゆる情報を見える化しているからでしょう。

 その流れでユーチューブが、著作権の問題を乗り越えて、サービスとして成り立っているのは、出来るだけ多様な人材が競争に立つチャンスを与えているからだと思います。

  ここでいう競争とは、デカルト的なものの考え方を身につける競争です。

2.有限と考えるよりも無限・永遠と考える理由の方が受け入れやすい

 人間いつかは、誰でも死ぬ、物はいつかは無くなるというのは疑いのない真実だと思いますが、その考え方を否定する方が受け入れやすいというものです。なぜ働くのか、なぜ出世したいのかというときに、いつかは死ぬのだから意味無いじゃんというとすべて意味がなくなってしまいます。自分は永遠に発展するのだという論理の方が受け入れやすいのです。

  たとえば、会計の考え方のひとつのゴーイングコンサーンという考え方に対して、いつかは会社は滅びるでしょうから、考え方おかしくないですかという議論をしようとしても、まともに議論してくれる人はいないのです。

 

 3.1,2でも社会秩序を壊すもの、人権侵害するものはダメ

 当然ですが、1,2でも社会秩序を壊すものは、認められません。多様性が認められるといっても、人権を侵害するものや社会秩序を壊してしまうものは、ダメなのです。見える化するからといって、Youtubeになんでもかんでも公開してしまうというのはできないです。

 

 1,2,3を平たくいうと、要するに、いろいろな人間がどんどん前向きに生きてデカルト的な競争の土台(すなわちデカルト的なものの考え方を身につける競争の土台に立つ意欲につながる商品や人材)は、存在意義はあると認められやすいということだと思います。「いろいろな人間がどんどん前向きに生きてデカルト的な競争の土台に立つ意欲」のことを「生きがい」と定義すると、成功したければあらゆる人に「生きがい」が与えられているかどうかというのを確認することが重要です。たとえば、あなたが売れないミュージシャンだったら、自分が売りたい曲・歌いたい曲ではなく、人に聞いてもらい、聞いてもらったその人になんらかの形で「生きがい」を与えられているかどうかを成功するにあたって確認すべきところです。それはいわゆる「がんばれソング」である必要があると言っているわけではなく、ひとによっては、デスメタルで元気になる人もいるので、あるジャンルのミュージックが良いと限定するつもりはないのですが、自己満足になっていないか確認するポイントになると思います。

  以上、3回にわたりグローバリゼーションについて説明して行きました。次回は、2の「2.有限と考えるよりも無限・永遠と考える理由の方が受け入れやすい」について議論をフォーカスしていきたいと思います。

 

 

出典

[1]グローバリゼーションと啓蒙思想の(1)、(2)は以下をご参照

・グローバリゼーションと啓蒙思想(1)

deepdeepthinking.hatenablog.com

・グローバリゼーションと啓蒙思想(2)

deepdeepthinking.hatenablog.com

 

[2]Google - Wikipedia

Globalization and Enlightenment thought(2)

 Last time(Globalization and Enlightenment thought(1) - すべての会社員を支援するブログ), I explained that the contemporary world is the place where the Enlightment thought has been spreading over the world from 18th century. This time, I would like to discuss what the ultimate stage of this phenomenon would be.

 The conclusion is that ultimate stage over the world will be almost same as the United State. It might be not perfectly same but it will reach as same. The reason I think as such is because the Enlightment thought has been taken root in the United States

1.The reason why I think the Ultimate world is United States.

 Alexis de Tocqueville wrote a book called ”Democracy in America" in the middle of 19th century. This is the book in which the analysis of the democracy is written by Tocqueville who traveled over the United States. If you read this book, you will find that the main characteristic of the people in the United States has not been changed since then.

 One of the examples for that is the people in the United States strongly believes the illimitable possibilities of human beings [1]. This might be difficult for Japanese to understand it but in summary, all human has the unlimited possibility to success. Japanese are thought traditionally the fact that all the prosperity is subject to decline but you will find that such thought will be very difficult to be acceptable in the United States if you talked with the persons in the United States.

 The point I want to focus on this book is that the people in the United States will learn the analysis method of Rene Descartes without specially being thought of it. [2]

 The analysis method of Rene Descartes is explained in the book called "Discourse on the Method".  This book is famous for “I think, there for I am" but originally it is written for the explanation of the analysis method of Rene Descartes. In this book, he emphasized that all the problem will be solved by his method! There are four processes [3]. I will explain it with our today's business word.

 First, you will never accept it as true if you cannot prove it as such.

⇒This means that by questioning " Is it really so?” you only accept the one you feel it as true. If you say this in our today's business word, it will be Sangen Shugii [The Three Actuals] "The actual place, the actual part, the actual situation." in Toyota. If you don't know what is happening in the actual place, it is often the case where the raised problem will not be solved properly.

 Second, to divide the problem in the part as smallest as possible. Third, to solve from the easiest one to more complex one and assign them in thought a certain order.

⇒ I think some of the factors of the second method and the third method are overlapped. What are being said in these method is same as "Pay attention to big picture, start small station" or "a journey of a thousand miles begins with a single step" 

 Last, in every case to make enumerations so complete, and reviews so general that I might be assured that nothing was omitted

⇒This is MECE in today's business word. MECE stands for "Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive".

 Alexis de Tocqueville told us in his book" In 18 the century, this method spread over the range of where Rene Descartes or former analysts did not have the will to analyze."[4].Rene Descartes analyzed only specific fields but the Enlightenment age was the time when the people analyzed the new fields such as religion or politics in 18the century.

 Although it might be kind of the Anti-intellectualism, we can confirm that the Enlightment thought has been taken root in the United States. Alexis de Tocqueville mentioned in his book that with respect to the method of Rene Descartes, it is not thought in school but it naturally let the people learn such method[5].( Alexis de Tocqueville thinks that it is because of the democracy but I will discuss the reason why another time).

2.If you want to be promoted, you will need to explain the meaning of the existence

 As the fourth method of Rene Descartes is kind of MECE, we can see that today's business world is strongly affected by Enlightment thought. If you want it or not, we are scheduled to learn it.

 In other word, the result of hard competition is that we will learn just such thought. Although we cannot conclude whether this is bad thing or not, we can recognize that the contemporary world is as such.

 For example, there is a book called" The persons who are promoted don’t care their personnel assessment. [6]”. The author of this book is a HR consultant who has being contacting with wide range of persons.  He insists that the persons who are promoted have the answers of whys with thier originality [7]. If you want to be promoted, you will need to face those questions of why in good faith. Although, in Japan, you need to read between the lines which leads to the limit of asking "why", such limit will disappear soon. This example shows us also that Enlightment thought strongly affects the contemporary world.

 I think the next discussion will be “how further we will need to explain when we are asked "why?" considering above. I would like to discuss it next time.

 

References;

[1] Alexis de Tocqueville(translated by Reiji, Matsumoto), America no Democuraci( Dainikan (Jyou),[Democracy in America], P64, Iwanami Bunko, 2014

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[2]P18 of[1] 

[3]Rene Descartes(translated by Keiko Tanigawa) , Houhou Jyosetsu, [Discourse on the Method], P28, P29, Iwanami Bunko, 2008.

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[4]P21 of[1]

[5]P18 of [1]

[6]Yoshihiro, Hirayasu, Shutsuse Suru Hito Wa Jinji Hyouka Wo Kinisinai [The persons who are promoted don't  care their personel assesment.], Nikkei Shibunusha, 2014

https://www.amazon.co.jp/出世する人は人事評価を気にしない-日経プレミアシリーズ-平康-慶浩/dp/4532262658/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1503842894&sr=1-1&keywords=出世する人は人事評価を気にしない

[7] P113 of [6]

グローバリゼーションと啓蒙主義(2)

 前回(グローバリゼーションと啓蒙主義(1) - すべての会社員を支援するブログ)、啓蒙主義が18世紀途絶えず生き続け、現代においてグローバルに普及していることを説明しました。この現象が行きつく世界を考えたいと思います。

 結論からいうと、前にも書きましたが、世界中どこもかしこもアメリカ合衆国のようになるのだと推測しています。完全ではないですが、かなり近い状態になるのではないかと思います。その理由は、アメリカ合衆国は、啓蒙思想が根付いている国だからです。

1.行きつく世界がアメリカ合衆国だと思う理由

 トクヴィルという人が「アメリカのデモクラシー」という本を19世紀中頃に出しています。この本は、トクヴィルがアメリカを視察し、民主主義国について分析した本と言われています。読んでいただくとわかりますが、この本で描かれているアメリカ人の特色というのは、本質的には、今のそれとほとんど変わっていないです。

 たとえば、トクヴィルの指摘しているものの一つに、アメリカ人は、人間の無限の可能性の観念が吹きこまれているというのがあります[1]。これは、日本人にはわかりにくいかもしれませんが、要するにどんなに人間にも無限の可能性があるという考え方だと思います。我々日本人は、盛者必衰の概念が吹き込まれていますが、アメリカ人にはそのような考え方は基本的には通じない概念であることは、何人かのアメリカ人と話してみれば明らかでしょう。

 この本において書かれていることで、指摘したい特色の一つに、アメリカ人は、デカルトを学ばずとも、みなデカルトの分析方法を身につけるというものでした。[2]

 デカルトの分析方法というのは、『方法序説』という本にまとめられています。この本は、一般的には、「われ思うゆえにわれあり」が有名ですが、もともとは、デカルトのものごとの分析方法を論じているものです。デカルトは、以下の手法でどんな難しい問題でも解ける!と豪語しました。その方法は4つあります[3]。ビジネス用語的に説明してみたいと思います。

 第一は、明証的に真であると認められるどんなことも真として受け入れない。

 ⇒「本当にそうなの?」と突き詰めて、真実だと思うものだけ、信じる。ビジネス用語でいうとトヨタの三現主義「現地、現物、現実」というところでしょうか。現場でなにが起こっているかきっちり情報を得ていないと混乱するということはよくあると思います。

 第二は、課題をできる限り小さく分割する、第三は、分割して単純でわかりやすいもの、手をつけやすいものからから解いて積み上げていく。

 ⇒第二と弟三の手法は若干重なるところがあります。着手小局、着眼大局や千里の道も一歩からともいいますが、一歩一歩着実にわかるところを分析するという趣旨だと思います。

 第四は、すべての場合にかんぜんな枚挙と全体に渡る見直しをして、なにを見落とさなかったと確信する。

 ⇒要するにいまのビジネス用語でいうところのMECEです。MECEとは、 Mutually Exclusive and Collectively Exhaustiveの略で、要するに重複なく・漏れなくという意味です。

 トクヴィルの言葉を借りると、「18世紀になると突然に、デカルトとその先駆者が思いもよらなかったほど広く、また彼ら自身があえてそこまで広げるのを拒んだ領域にまで適用されるように」なりました[4]。デカルトは分析の主体を特定の分野に限定していましたが、分析の対象を宗教、政治に向けたのがまさしく啓蒙思想の時代といわれる18世紀だと思います。

 アメリカ独特の反知性主義にも若干重なるところもありますが、このようにアメリカは、伝統的に啓蒙思想が根付いています。トクヴィルに言わせると、デカルト的な考え方について、アメリカの教育に仕組まれているかというとそいうわけではなく、自然に精神がそのように向かわせるということだそうです[5](トクヴィルは、根付いた理由として民主主義をあげていますが、啓蒙思想が根付いているの理由は別途機会あれば考えたいと思います)。

2.出世したければ、存在意義を示す必要がある

 デカルトの第四番目がMECEであることに象徴されるように、現代のビジネスがいかに啓蒙思想に影響を受けているかがわかるがよくわかるかと思います。グローバリゼーションを経て、このようなデカルト的な考え方をいつまにか身につける運命になっているのです。

 すなわち、毎日毎日働いて、いろいろな競争を経たうえで身につけるのが、この発想なのです。それがいいか悪いかは、それぞれの判断なのでしょうが、それがどんどん進んでいるのが現代なのです。

 たとえば、「出世する人は人事評価を気にしない」という本[6]があります。この著者は、人事コンサルタントとして、あるゆるパターンの社員と接したことがあるようなのですが、この本でも、役員に出世する人というのの特色として、あらゆる「なぜ」という問いに対して自分なりの答えを持っている人だそうです[7]。もし出世したい・成功したければければ、もろもろの「なんで」という質問に対して、真摯に取り組む必要があるということです。日本の保守的な企業においては、「空気」を読むことも必要なので、なぜと問い続けていくのには、限界があることもあるのですが、そのような限界もいずれなくなるでしょう。出世する人間を見ていても、啓蒙思想が広がっていることがよくわかるかと思います。

  そうすると、では、「なぜ」と言われた時に「どの程度理由を説明する必要があるのか」というのが次のテーマになるのではないかと思います。それについて次回検討したいと思います。

出典

 [1]トクヴィル著(松本礼二訳)『アメリカのデモクラシー (第2巻上)』64頁(岩波文庫、2014年)

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[2]トクヴィル・前掲注[1]18頁

[3]デカルト著(谷川多佳子訳)「方法序説」28頁、29頁(岩波文庫、2008年)

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[4]トクヴィル・前掲注[1]21頁

[5]トクヴィル・前掲注[1]18頁

[6]平康慶浩著『出世する人は人事評価を気にしない』(日本経済新聞社、2014年)

 

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[7]平康慶浩・前掲注[6]113頁