働くことを考えるブログ

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今日、働くことについて考えたこと(ちょっと、きついぐらいが良い)

今日、働くことについて考えたことは、

ちょっと、きついぐらいがよい

です。

働いていると、仕事場に行きたくないなぁと思うことがあるかと思いますが、それぐらいが丁度いいかもしれないということを考えました。

 

 

1.なぜ、仕事がきついとき成長するのか

月曜日に朝会社いくのは、つらい人もたくさんいるのではないかと思います。

そういうときは自分が最も成長したのがいつかを想像すると良いかもしれません。

自分がもっとも成長したと思える時というのは、大抵の場合、ストレスのある、きつい時なのではないかと思います。

人間なぜきつい時に成長するかというと、きついときにこそ

学ぶことがたくさんある

からです。

きついというのは、自分が望んでいるものとのギャップがあることです。望んでいるものがレベル高いものであればあるほど、きつくなるはずです。

登っている山の坂がきついのです。坂がきついと体が鍛えられるように、会社の仕事がきつければその分だけ仕事の力はつくはずです。

 

2. 自分が選んだ道だと思うことが大切

きついときは、誰かにやせられているのではなく、自分から選択したと考えるというのも重要です。

おそらく人間だけが、環境への解釈を変えることのできる生物です。

やらされていると考えるのか、自分で選んでやっているのかと考えるのか、どちらが良いかというと、仕事がきついときは、裁量のある後者の方がよいはずです。自由に自分で決めたという実感が大切なのです。

自分がおかれている環境というのは、自分で運命を決めたのか、そうではないのかよく考えると曖昧になってきます。

たとえば、人間には、自由意思など存在しないと考える神経生理学者もいるようです。1983年にカルフォニア大学のベンジャミン・リベットが行った実験によれば、人が「指を動かす」ことを意識するよりも、350ミリ秒から500ミリ秒前にすでに指を動かすための指令が無意識的に発されらたそうです。

 

感性の限界――不合理性・不自由性・不条理性 (講談社現代新書)

感性の限界――不合理性・不自由性・不条理性 (講談社現代新書)

 

この事実を踏まえると、本当に自分で何かを考えて実行しているかはよくわからなくなります。 

自由に決めてやっている・やらされているというのは、意識の問題で、曖昧なのです。いくらでも解釈を変えることができてしまうのではないかと思います。

 

ただし、一つだけ注意すべきことは、きつい時に成長するからといって、他人に対して、あえてきつくするのは間違いだと思います。苦労した方が良いと言って部下にあえてきつく当たる必要はないはずです。なぜなら、すべての人は、かならず人に迷惑かけ、苦労させるからです。そのようなことは、人に苦労を押し付けているだけです。

 

以上が本日考えたことでした。

仕事は、ちょっときついぐらいが丁度良いことを考えました。

最後までありがとうございました。

 

今日、働くことについて考えたことは(曖昧さを受け入れる)

今日、働くことについて考えたことは、

曖昧さを受け入れる

ことです。

働いていることは、すべて曖昧なもので成り立っていることを踏まえる必要があるのですが、そのことについて考えました。

 

 

1.本当にすべて曖昧なのか

 

すべて曖昧なのだと言って、反論があるかもしれません。

想定される反論としては、数字の観点でしょう。数字は嘘つかないという人は、数字にやられてしまう可能性があります。

たとえば、数字というのはいくらでも書き換えが可能なのが、最近のゴーン事件の報道でもわかります。実際にいくらゴーン氏に報酬として払われたと認識していたかというのが争われそうてすが、それは数字が作為的に変わることを示していると思います。

我々は、人間が作った巨大なシステムというものに、曖昧さがないと考えがちですが、所詮人間が作ったものはすべて曖昧なのです。

一日世界中で30万便飛んでいる飛行機も、飛行機が飛ぶ原理というのはよくわかっていません。そのことは以下の本にも書かれています。

 

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

 

 

2.曖昧さを受け入れる

したがって、曖昧なものだといって無視するのはよくありません。

自分が信じているもの自体も曖昧だからです。よくわからないな、整理されていないなと言って、聞かないというのは、自己否定でもあるのです。そのような場合は、とりあえず、論理を無視して、何を言おうとしているのかというのを理解する心がけが重要です。

ただ、すべて曖昧なのだからといって、曖昧なまま放置するのも、良くないと思います。学問というのは、基本的に曖昧なものをなるべく曖昧にしないようにしてきたものです。ソクラテス無知の知から始まり、学者が曖昧さを排除しようとしてきたおかげで、ある程度便利な世の中にはなった、長生を享受できるようになったと言えると思います。

曖昧だからと言って馬鹿にししてはならないけれども、曖昧だからといって追求することをやめてはならないのです。

 

以上が本日考えたことでした。

曖昧さを受け入れる度量について考えました。

最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(集団主義・個人主義の定義は曖昧)

今日、働くことについて考えたことは

集団主義個人主義の定義は曖昧

です。

会社で働いていると、自分が所属している組織が集団主義個人主義なのかというのをかなり現実感を持って実感しますが、そのことについて考えてみました。

 

 

1.集団主義個人主義の考えは重要

集団主義というのは、集団の意向に基づいて物事を決定する考え方で、個人主義というのは、個人の意向で物事を決定する考え方です。ざっくり言えば、結婚を決めるのに親の意向で決めるのが集団主義、自分の好みで決めるのが個人主義です。

おそらく、日本の企業は集団主義から個人主義に移ろうとしていますが、個人主義で育ってきた人間が集団主義の会社に入ると違和感を感じたりします。

たとえば、雑用を誰がするか問題です。集団主義の会社であれば、新人が雑用をするのが当たり前ですが、個人主義の考え方をして入社する人にとっては、なぜ自分がやらなくてはならないのか疑問に思うと思います。

集団主義個人主義の考え方は、組織論を考える必ず踏まえる必要のあるものなのですが、あまり経営学では分析されていないようです。

 

2.ステレオタイプに捉えてはならない

ところで、昔から日本人のスポーツ選手は、

「家族に感謝します」

「支えてくれた人に感謝します」

と言って周りのことを気にするとされていて、この考え方は集団主義の典型として捉えられたりしています。

 

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

 

 

 

ただ、だからといって日本人が集団主義であるというのはステレオタイプな捉え方なのかもしれません。

たとえば、

 以下の本によれば、オリンピックの十種競技で金メダルを二度受賞したアシュトン・イートン選手は、苦しくなったときは

「自分のために走るんじゃない」

「子供が大会記録を破るぼくの姿を見て、自分も何かでをやってやろうと思うじゃないかって」

 とインタビューで答えていたそうです。自分のことではなく、周りのことを考えて行動すると飛躍的に成長することが強調されている本だと思います。

 

PEAK PERFORMANCE 最強の成長術

PEAK PERFORMANCE 最強の成長術

 

 

また以下の本においても、自分のことではなく、大きな目標を持つとストレスに強くなると考えられています。

 

 

スタンフォードのストレスを力に変える教科書

スタンフォードのストレスを力に変える教科書

 

 

 これらの本がある程度米国においても受け入れられるとすると、米国というのは、個人主義の象徴と捉えられていましたが、集団主義の国なのかもしれません。

そのような主張が最近いろいろなウェブの記事にに書かれていました。

『日本人は集団主義的』という通説は誤り | 東京大学

個人主義集団主義の考え方は、組織での立ち振る舞いを考える上で有効なツールですがある程度曖昧であることを受け入れ必要があります。

 

以上が本日考えたことでした。

集団主義個人主義の定義は曖昧だということを書きました。

最後までありがとうございました。

 

 

今日、働くことについて考えたこと(まったく無縁の人はいない)

今日、働くことについて考えたことは

まったく無縁な人はいない

ということです。

袖触れ合うも他生の縁といわれますが、すれちがった人でも誰でも縁があるということを踏まえるということは、働く上で非常に重要だと思います。そのことについて考えてみました。

 

 

1.六次の隔たり

前にもブログで書きましたが、6次の隔たりという考え方があります。世界中の人どの人であっても6人辿っていけば、知りあいにつながるということです。

六次の隔たり - Wikipedia

最近は、facebookmixiによって、検証されつつあるようです。

Facebook

Anatomy of Facebook

Mixi

alpha.mixi.co.jp

この考え方は、意外に「へぇ~そうなんだぁ」で流されそうですが、最近よく考えた方がよいかなと思っています。

 

2.なぜ六次の隔たりが重要なのか

なぜ、世界中のどの人でも6人に辿っていくと、世界中の誰でも知り合いだということが重要かというと、

自分の行動が何らかの形で膨大な人に影響与え、自分に最後返ってくる

ことだと思います。

たとえば、すれ違う人に愛想をよくするというのは、一見、なんの見返りもないですが、その人が気持ち良くなれば、その知り合いに親切にするでしょうし、そうすれば、最終的に自分に返って来るということです。

よくボランティアについて、見返りを求めることを蔑む向きもありますが、何もしないよりは、良いはずですし、どんなに見返りを求めなくても、なんらかの形で自分に戻ってきてしまうのです。

したがって、もうこの職場を離れるので、自分には関係ないとおもって投げやりに仕事をするとすれば、最終的に自分に影響があると考えた方がいい気がします。それは、悪いように影響するか良いように影響するかは、確かにわかりませんが、一般的に悪い行動をすれば悪い影響があるかもしれないと考えて行動した方があとで後悔しないのではないかと思います。

 

以上が本日考えたことでした。

まったく無縁の人というのはいないので、気をつけて行動した方が良いということを考えました。

最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(働く意義を考える)

今日、働くことについて考えたことは、

働く意義を考える

ことについてです。

考えすぎも良くないですが、働いていることについて考えるとなぜ良いか考えてみました。

 

1.まず、意義とは 

意義というのは、辞書によれば以下のような定義になります。

1 言葉によって表される意味・内容。「その語の本来の意義」
2 その事柄にふさわしい価値。値うち。「意義ある生活」

kotobank.jp

辞書の意味としては、上記の通り、働く意義というのは、働くことについてどのような価値があるかということなのだと思います。

すなわち、意義とは、社会という文脈の流れの中で、位置づけられるものです。

たとえば、保険のセールスをしているのであれば、自分が売っているこの保険商品は、顧客の生活や社会の根幹に関わると考えて売るというふうに、社会という大きな文脈の中で自分の仕事の位置づけを確認するということが働く意義を考えることだと思います。

 
2.働く意義を考えるとなぜ良いのか

働く意義を考えるとなぜ良いのかというと、

自分の承認欲求を満たすことができる

からです。

そもそも自分の承認欲求を満たすというのは難しいことだと思います。なぜかといえば、承認欲求というのは、一人で完結できるものではないからです。そもそも、あるものが存在するというのも、よくわかっていないです。それが解明されれば、一人でもんもんと考えて、自分の承認欲求を満たすことができるかもしれませんが、今後もあるものが存在するか否かというようなことは、哲学者が膨大な時間をかけてもわからないでしょうし、そのような状況では、一人で自分の承認欲求を満たすことというのは出来ず、かならず第三者が必要です。

社会という大きな文脈の中で、自分の存在を確認するというのが一番わかりやすいのです。

たとえば、「子供を育てる必要があるから、自分は一生懸命仕事をするのだ」とか「お客様の笑顔を見たいから仕事をする」など自分ではない第三者を意識して初めて、自分の仕事の価値を確認できるのです。そして第三者から感謝されるなどの前向きな関わりがあることによって、客観的に存在意義を確認に出来るのだと思います。

 

以上が本日考えたことでした。

働く意義を考えると自分の承認欲求を満たすことができるということを書きました。

最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(才能を開花させる)

今日、働くことについて考えたことは

才能を開花させる

ことです。

リーダーシップを発揮することの本質は、従える人をどれだけ才能を発揮させるかというのが重要です。そのことについて考えてみました。

 

 

1.才能を開花させるためには

 

リーダーが求められるのは、みんなを引っ張っていくことが必ずしも求められているのではなく、そのチームのモチベーションをあげて、才能を開花させ、最終的な結果につなげるることです。その方法はいろいろありますが、今回は、

大きな目的を意識してもらう

ことを考えました。

大きな目的を意識してもらうというのは、自分のしている仕事がどのような意義があるのかということにフォーカスしてもらうことです。

2.大きな目的を意識してもらうと何が良いのか

なぜ大きな目的を意識してもらうと良いかというと、

モチベーションをあげることができるから

です。

そのことは以下の本に二つ例が書かれています。

 

PEAK PERFORMANCE 最強の成長術

PEAK PERFORMANCE 最強の成長術

 

 

一つ目は、

ペンシルベニア大学ウォートンの研究者たちがおもしろい実験を行った。

便器や床を掃除する病院の清掃員たちに「患者の治療の一環として、あなた方の仕事は絶対必要だ」と話したところ、彼らの働きぶりが改善し、仕事に対する満足感もアップしたという。

 です。

患者の治療の一環として仕事をしていると考えるのとだた掃除をしていると考えるのでは、モチベーションが異なるということでしょう。

二つ目は、

卒業生に電話をかけて寄付を募る大学生オペレーターにまつわるこんな調査結果がある。

大学を卒業したばかりのOBが彼らに「きみたちの仕事に感謝している」と伝えたところ、学生オペレーターたちの成績がアップしたという。

しかも、そのOBはたただの卒業生ではなかった。学生たちの募金活動によって集まった奨学金を受けて大学を卒業したOBだったのだ。このやり取りの翌月、学生たちが集めた募金は前月比171%も上昇したという。

という例です。

自分の仕事というのが、どのような意義があるのかというのは、なかなか自分一人では、見つけることができません。それを第三者から言われたり、自分の上司が自分の言葉で語ることができれば、モチベーションをあげることができるのです。

才能を開花させるためには、モチベーションをあげて取り組む必要があるのですが、目的があるとモチベーションがあがり、努力を惜しまなくなり、才能を開花できるということだと思います。

 

以上が本日考えたことでした。

才能を開花する方法について考えました。

最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(見返りのない仕事)

今日、働くことについて考えたことは

見返りのない仕事

ことです。

日々仕事をしていると、この仕事見返りないなと思うことがあると思います。そのことについて考えてみました。

 

 

1.見返りのない仕事

働いているといろいろな人に、自分の業務とは関係ないことを頼まれることがあります。

自分の業務とは関係ないことを仕事として引き受けるのは、給与という形では見返りはないと考えるのが通常だと思います。

ただ、そのような見返りのない仕事こそ、あえて拾うことも大切だと思っています。

 

2.なぜ見返りのない仕事を拾った方が良いのか

なぜ見返りのない、頼まれ仕事というのをやった方が良いかというと、

貸しを作ることができる

からです。

貸しを作るというのは、ビジネスの本質だと思います。たとえば、フリーミアムビジネスモデルというのは、貸しを作ると同義です。

 

3.フリーミアムビジネスモデルと貸しを作ることは一緒

 

フリーミアムのビジネスモデルで典型的なのは、民放のテレビだと思います。広告を見る代わりに、私達はただでテレビ番組を見ることができます。一般的な説明としては、広告を見るので、視聴者に対して宣伝することができるから、広告主が番組の制作費を負担するという説明です。その説明も正しいのですが、自分が広告主になったつもりになって想像してみると、わかるかと思うのですが、ある程度太っ腹でいる必要があります。

テレビ番組「サザエさん」のスポンサーは、年間8億円払っていると推測されるそうです。

biz-journal.jp

年間8億円払って、どれだけ対価が得られているのかというのは、ある程度説明できるロジックはあるものの、精緻なものは出ないと思います。むしろ、見返りをもとめず、広告主側が視聴者に対して貸しを作っているのだと考えた方がビジネスの見方としてわかりやすいのではないかと思います。それを人によってはブランドイメージ広めるというふうに言う人もいますが、本質的には一緒のはずです。

 

 

 

以上が本日考えたことでした。

見返りのない仕事というのは、貸しを作ることができることを書きました。ただ、貸しを作るのが良いからと言って、見返りのない仕事をしすぎるのは、バランスが必要です。ブラック企業は典型的な例です。ある程度は、助けるけれども、助けすぎは、よくないと思います。

最後までありがとうございました。