働くことを考えるブログ

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今日、働くことについて考えたこと(表裏一体)

今日、働くことについて考えたことは、表裏一体についてです。昨日も失敗と成功について、定義が曖昧だと書きましたが、表裏一体なものは、突き詰めて考えると、定義があいまいになっていくことについて考えました。

 

1.表裏一体のものがなぜ定義があいまいになるのか

 

表裏一体のものというのは、良く考えると定義が曖昧になります。なぜ曖昧になるかは二つ理由があると思います。

 

一つ目は、区分けする基準が人によって違うからです。たとえば、賢い・愚かの定義は、それぞれありますが、その境界を分ける基準は、人によって異なります。賢い・愚かの基準を「知識」という切り口で判断するのと、「適切な質問ができるか」という切り口で判断するのでは違います。

 

二つ目は、区分けの基準をきっちり議論することということは、ほとんどないということです。余程言葉遊びが好きでない限りは、その基準について議論するということはありません。たとえば、何が正しいか何が悪いかの基準について、哲学者はもしかしたら議論するかもしれませんが、普通の人は、正しいことは、なんとなくこんなところかなと判断したりします。

 

2.仕事において表裏一体の特質をうまく活かす

 

以上のように、失敗・成功、賢い・愚か、善悪等表裏一体なものは、考え始めると定義が曖昧ですが、それを仕事において活かすことについて二つ方法を考えてみました。

 

一つ目は、表裏一体のものを使い出す時に基準をしっかり持つことだと思います。上述の通り、表裏一体のものが曖昧なのは、その基準が曖昧だからです。その基準をしっかり見極めることです。たとえば、なにをもってある新規事業を失敗とするのか、成功とするのか基準を明確化することを促すようにしたり考えたりすれば、次の行動に活かせるはずです。

 

二つ目は、基準を明確化しないのであれば、あえて基準を明確化しないことのメリット・デメリットを捉えておくことです。成功・失敗の基準を明確化することは、わかりやすいですが、基準が明確化してしまったことによって、行動が縛られてしまうデメリットもあります。また、賢い・愚かも定義を明確化してしまうと、新たな時代の変化に応えきれないこともあります。このように区分けする基準を明確化しないことによる良い点・悪い点を押えておくというのは、うまく仕事を立ち回れると思います。

 

以上が本日考えたことでした。最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(失敗か成功か)

今日、働くことについて考えたことは、失敗か成功かです。何が失敗で何が成功かは、よく考えると結構曖昧だったりします。そのことについて考えました。

 

1.失敗と成功がなぜ曖昧なのか

失敗と成功というのは、曖昧だと思いますが、そう思う理由は二つあります。

一つ目は、失敗は成功につながるからです。たとえば、「新公企業に投資をして損を出してしまった」、「新規事業を提案したが、提案が受け入れられなかった」等何かにチャレンジして、当初の目標通りにできず失敗してしまうことがあると思います。

その時、失敗と思って、思考停止することもありますが、思考停止せずに次につなげようとし場合、その経験はほぼかならず活かされることになります。失敗を失敗として、思考停止して諦めてしまえば、失敗になりますが、次に生かそうとすれば、成功までの過程にすぎないと思います。

二つ目は、失敗や成功のように表裏一体のものというのは、曖昧になりがちです。たとえば、善悪もそうです。良いことを突き詰めると、悪いことになったりします。ボランティアは、とても良いことですが、あまり突き詰めると、受ける相手が自立を妨げる要因になることもあると思います。

 

2. 失敗を成功につなげるには

それでは、失敗を次の成功につなげるにはどうしたらよいか考えてみました。二つ方法があると思います。

 

一つ目は、失敗してもあきらめず次に活かすことを考えることです。スタートアップ企業に投資して失敗したら、なんで失敗したかよく分析して、次に投資をする機会がある場合の見極めに活用するのです。そうするば、次に生かすことができると思います。

 

二つ目は、失敗を捉えなおすことです。たとえば、スタートアップ企業に投資して失敗した場合に、本当に失敗だったか考えなおすことです。新しい知識を得ることも出来たかもしれないですし、人脈も出来たかもしれません。ある目標(この場合だと投資してリターンを得るという目標)からは失敗だったかもしれませんが、違う目標だったと捉えなおす(スタートアップ企業の人脈を作る、知識を得るという目標に捉えなおす)と成功だったりすることはよくあります。

 

以上が本日考えたことでした。最後までありがとうございました。

 

今日、働くことについて考えたこと(失敗しても)

今日働くことについて考えたことは、失敗しても立ち直ることです。七転び八起きともいいますが、仕事をするにあたって、失敗することはつきものです。そこから立ち直るというは非常に大切です。そのことについて考えてみました。

 

1.失敗したらなぜ立ち直ることが大切なのか

 

何かに挑戦して失敗してしまうということは多々あります。その時に立ち直ることが出来ることがなぜ重要なのかについて二つ理由を考えました。

一つ目は、失敗したときにどれだけすばやく立ち直れるかというのは、その人の真価が問われるからです。すぐに回復することができれば、逆に評価が高まったりします。一般的に成功者と言われる人は失敗した後のリカバリーが早いです。

二つ目は、失敗と捉えるのではなく、行動した結果だと前向きに捉えられれば、すぐに次につなげることができます。特に仕事においては、挑戦した数だけ可能性は広がってくるのだと思います。失敗してもすぐに次に挑戦できれば、その経験をすぐに生かすことも可能です。

 

2.どうやったらすぐに立ち直れるか

 

次にどうやったら、すぐに立ち直れるか考えてみました。二つあると思います。

一つ目は、クヨクヨ考える自分を否定しないことだと思います。失敗して、クヨクヨ考えるのは、仕方ないことだと思います。どんなに強い人でも、失敗したら、アレコレ考えてしまいます。そういう時に、自分を否定しないことができる、受け入れることができる人は、次に行動できるのだと思います。

二つ目は、失敗したことを次につなげることを一旦忘れることだと思います。次につなげることを考え始めると、ハードルを上げてしまいます。たとえば、野球で自分のエラーで高校最後の試合に負けてしまった時、そのミスを次に活かせるかというと、なかなか難しいこともあると思います。それよりもそこで学んだ事が何か考える方が良いでしょう。

 

以上が本日考えたことでした。最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(忍耐について)

今日、働くことについて考えたことは、忍耐です。働いていると、忍耐することが必要になることがありますが、なぜ忍耐しなくてはならないか考えてみました。

 

1.なぜ忍耐する必要があるのか

なぜ忍耐する必要があるのかというと、いくつか理由があると思いますが、今日は二つ理由をあげたいと思います。

一つ目は、耐え忍ぶというのは、美徳だからです。人生の意味というのは、「ありそうでないもの」だと思いますが、学校生活や社会人生活において、逃げずに耐え忍んだ時間というのは、それがどのような結果につながったとしても良い思い出になると思います。私は、そういうものを美徳というのだと考えます。

二つ目は、忍耐をするということは、他人のせいにしないことだからです。なんでもそうですが、他人のせいにしているときは、物事がうまく前に進みません。うまくいかなかったときに自分のせいにできる忍耐力が、成功するために必要です。

 

2.どうやったら忍耐を楽しめるか

 

耐え忍ぶということ自体が楽しめれば、充実した人生を歩めそうです。忍耐を楽しむ方法を考えてみました。

 

一つ目は、忍耐は、それ自体で自分の価値を高めることだということを認識することだと思います。自分の価値というのは、かならずしも、なにかで測れるものではありません(収入で測ろうとする人もいますが、それは間違いです)。忍耐をすること自体で、価値のある人間が何であるか、直感的に分かってくるのだと思います。上記で忍耐は美徳だと書きましたが、定義あいまいな美徳というものを直感的に理解できるようになるのが忍耐なのだと考えています。

二つ目は、良い言葉に触れることだと思います。忍耐の良いところを触れる言葉はいくらありますが、菜根譚に載っている以下の言葉を引用します。

世俗の人は、心が満足することを楽しみとするので、かえって、その楽しみを求める心に苦しめられるが、賢人は、苦しみに打ち勝つことを楽しみにしているので、苦しみのおかげで楽しみを得ている(前集202)

 

菜根譚 (岩波文庫)

菜根譚 (岩波文庫)

 

心を満足させるものを求めると、かえって苦しんでしまうことはよくあると思います。忍耐すること自体を楽しむことができれば、豊かな人生が歩めそうです。

 

以上が本日考えたことです。最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(やる気/真剣)

今日、働くことについて考えたことは、やる気を出せといわれたときのことです。「お前もっとやる気だせ!」とか「真剣にやってください」とか言われたりしますが、やる気もあり、真剣にやっていたときは、そのように言われると、モヤモヤすることがあります。そのときのことを考えてみました。

 

1.やる気を出す・真剣になるとは

 

仕事の目標達成できないときに「やる気だせ」とか、仕事のミスをしたらもっと「真剣にやるよう」に上司から言われたりします。そんな時に「あなたの言うやる気ってなんですか?やる気なければ、こんな仕事するわけないじゃないですか」なんて言ったら空気読めないという烙印が押されてしまいますが、こういう疑問に対しても誠実に答えていかなくてはならない時代だと思います。

やる気を出す、真剣になるというのは、おそらく「何が正しいか」という議論に似ていると思います。否定によってしか、表現できないのです(正しいことを定義するときに、正しくないことを羅列して、その反対であるとしか定義できないと思っています)。すなわち、「やる気を出す」というのは、「やる気のない状態ではない」ようにすること、「真剣になる」というのは、「真剣ではない状態ではない」ようにすることだと思います。

 

2.人を指導するときの「やる気を出せ」「真剣にやれ」

 

以上を踏まえて、人を指導するときに「やる気を出せ」、「真剣にやれ」ということに対して、どのように考えれば良いか上司と部下の立場でそれぞれ考えました。

まず上司は、あまり部下に「やる気を出せ」、「真剣にやれ」と言っても意味がありません。パソコンに、「やる気出せ」といっても無駄なようものです。具体的になにがダメなのか提示しないといけないのです。部下は、部下なりに考えるやる気を出している可能性があります。「気合いだけかよ、昭和な上司だな」と思われないようには、なにがやる気がないように見えるか、そこを具体的に説明する必要があると思います。

一方、部下は、そのように言われた場合、真剣でなかった、やる気がない捉えられてしまったところを改めて考えると良いと思います。例えば、時間通りに出していなかったのかや丁寧に出来ていなかったところはなかったか等やる気がないとか真剣にやっていないことはなかったか改めて確認することが正しい反応だと思います。そういうものがないということであれば、具体的に何がダメだったのか上司に聞いても問題ないはずです。

本日考えたことは以上です。最後までありがとうございました。

 

今日、働くことについて考えたこと(世間とは)

今日考えたのは、世間についてです。働いていると、世間は厳しいなぁも思うときと、逆に暖かく感じることがあったりします。そのことについて考えてみました。

 

1.なぜ世間は暖かかったり、冷たかったりするのか

 

なぜ世間が暖かったり冷たかったっりするのか、理由は二つあると思います。

一つ目は、世間は、細かい事情は何もよく知らずその時の都合に左右されてしまうからです。良い評価だった人が一晩で変わってしまうことがあると思います。そんなに簡単に評価できるということは、あまりよくわかっていないことの裏返しです。

二つ目は、悪い噂というのは、すぐに広まる一方で良い噂というのは、伝わらないものです。人と話して、話しやすいのは、やはり他人の悪い噂です。良い噂だと、残念ながら、疑ってしまうのが世の常だと思います。

 

2.それではどうすればいいか

 

暖ったり冷たかったりする世間にどう立ち振る舞えばよいか、二つ考えました。

一つ目は、世間の評価というのは、うつろいやすいことを認識することです。世間というのは、よく知らないのに、何か評価したがるのです。自分自信もそうならないように反省すべきだと思いますが、そのような世間の評価に惑わされることなく、自分の芯を貫くことが重要だと思います。

二つ目は、説明を怠ってはならないということです。何事においても常に誰でもわかるようにしておき、公明正大を追求することだと思います。わかりやすいというのは、相手の短期記憶(作業記憶)にすぐはいる情報のことです。そのようなインプットすることを追い求めれば、あらぬ誤解も受けないのではないかと思います。

以上が本日考えたことでした。最後までありがとうございました。

 

 

今日、働くことについて考えたこと(困らないようにすること)

今日、働くことについて考えたことは、困らないようにすることです。働いていると、困らないように準備しようとするとかえって困ってしまうことがあります。その事について考えてみました。

 

1.なぜ、困らないように準備すると逆に困ったことになるのか

 

将来困らないように貯金したり、勉強をしたりすること自体は否定するわけではありませんが、意外にそのようなものが原因で結果的に困ったりしたりします。たとえば、将来困らないために、お金を貯めていたら使い切れないぐらい貯まり、その扱いに困ってしまったりする場合です。

なぜかそんなことが起きてしまうかというと、理由は二つあると思います。

一つ目は、手段が目的化しているからです。たとえば、困らないことが当初の目的だったにも関わらず、お金を貯めること自体が目的化してしまうのです。貯金通帳の数字が増えていくのは楽しいなどの理由で、手段が目的化してしまうことはよくあることだと思います。

二つ目は、「困る」という日本語の特有の問題もあると思います。「困った」という日本語の響きには、何か大人なイメージがあります。たとえば、「困った、困った」と言っている人をイメージしてくださいというと、大抵の人は、子供ではなく大人をイメージすると思います。困ることを回避することを目的とすると、なにかもっともらしく見えますが、本当の目標は別にあっても上手く、覆い隠されてしまうのです。単にお金が沢山あるのが嬉しいだけなのに、「困らないように」お金を貯めるというようなことです。

 

2.困らないためには

 

困らないようにと思って、困ってしまうような事態を避ける方法について考えてみました。二つ方法あります。

 

一つ目は、目的と手段を見誤らないことです。困らないことを目的として、お金を貯めるのであれば、困らない程度に貯めるのが良いと思います。必要以上に貯めるのであれば、それは違う目的のはずです。目的が異なるのであれば、ちゃんと整理する方が良いはずです。

 

二つ目は、困らないことを目的にして何かを決めるときは、まずは本当に困らないことを目的としているか、もう一度確認することです。何においても、表があれば裏があり、メリット、デメリットというのは、必ずあります。困らないことを本当に目的としていても、それでは解決しないことが必ずあるのです。それでもあえてするのは何故かというのを改めて考えてもいいでしょう。

 

以上が本日考えたことでした。最後までありがとうございました。