働くことを考えるブログ

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今日、働くことについて考えたこと(営業力)

今日、働くことについて考えたことは

営業力

です。

お金をもらうものに関連するのであれば、どんな分野であれ、営業力というのは必須になります。そのことについて考えてみました。

 

 

1.なぜ営業力が大切なのか

もう少し若い時に教えてもらいたかったのは、

世の中は、案外いろんなものが営業力で決まる

ということです。

営業というと、一般的には、車のセールスや保険のセールスを思い浮かべるかもしれませんが、実はその範囲で留まるものではありません。

たとえば、大学の教授になるにも、自分が持っている知識に加えて、仕えている教授にどれだけ自分を売り込むことができるかで決まります。会社の社内政治もそうです。社内営業できる人が社内政治に強いです。

芸術の分野もそうです。ピカソが金持だったのは、ピカソに営業力があったからです。

『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』 - 一条真也の新ハートフル・ブログ

合理的に考えるとおかしいということには、どろどろした「営業力」が潜んでいることは少なくないです。それをあまりまじめに分析する人はまだいないのだと思います。

これは、私の妄想ですが、水素自動車と電気自動車で比べたら、環境の観点からは水素の方が良いに決まっています。水素自動車が普及しないのは、電気自動車に比べて、営業力を発揮できていないからだと思います。

米国で成功しているビリオネアの多くがセールス出身です。たとえば、マクドナルドを大きくしたレイロックは、ミキサーのセールス出身です。ブルームバーグを創設したマイケルブルームバーグも、メリルリンチにシステムを売り込んだことから、ブルームバーグのビジネスが始まっています。

 

10億ドルを自力で稼いだ人は何を考え、どう行動し、誰と仕事をしているのか

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2.どうやったら営業力がつくか

「営業力は大切だと言っても、自分から積極的に売り込むことなんてできない」と思う人もいます。

実は、そういう人の方が、営業力あります。以下の記事にもありますが、

営業力は、自分の話をするよりも、相手の話をどれだけ聴けるかが重要です。

優れた営業として、2対8の法則というものがあり、売り込みが2割、顧客が8割しゃべるくらいちょうど良いそうです。

president.jp

また、顧客が本当に何を望んでいるかというのもきっちり抑えることも重要です。ドリルがほしいというお客が本当にほしいのは、穴のあいた板だったりするわけです。営業力においては、それを聞き出せる力が必要です。以下の本がわかりやすかったので、リンクをつけておきます。

 

凡人が最強営業マンに変わる魔法のセールストーク

凡人が最強営業マンに変わる魔法のセールストーク

 

 

 

以上が本日考えたことでした。

どぶ板営業も良い経験になることもあることを考えました。

最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(情報への感度)

今日、働くことについて考えたことは

情報への感度

です。

情報への感度というのは、時には死活問題になると思います。そのことについて考えてみました。

 

 

1.情報への感度が良いとなぜ良いか

新たな小さな変化というのは、なかなか見つけづらいですが、そこにどれだけすぐに反応できるかどうかは、時には死活問題になります。

螻蟻潰堤という言葉があります。

螻蛄や蟻が開けた小さな穴が大きな堤防を決壊させて、洪水が起こる原因になるという意味の四字熟語です。

yoji.jitenon.jp

 

私も、仕事上いろいろなプロジェクトマネージャーと接してきましたが、優れたプロジェクトマネージャーは、プロジェクトを進める際に、とても小さな変化についても、敏感に反応し、きめ細やかに対処して、プロジェクト無事に進めていきます。針の穴のような落とし穴にも敏感に反応するのです。情報への感度が高いということは、優れたリーダーの必須条件といって過言ではありません。

 

2.情報への感度をよくするには

それでは、情報への感度を高くするには、どうすれば良いか考えてみました。二つ方法があります。

一つ目は、

自分なりの仮説を持つ

ということです。

新聞を読むにしても、漠然と仮説を持たずに、新聞を読むよりも、ある程度こういうことが起きるかなと思いながら新聞を読むのでは、情報の吸収度合が違います。常に、「〇〇は、こういうことなのではないか」と思って情報を収集すると、小さな記事でも敏感に反応することができるのです。

二つ目は、

自分の仮説を常に疑う

ことです。

自分の仮説を持つことも重要なのですが、それと同時にそれを疑うという視点も合わせて持つことが必要です。

人は、ほっとおくと、見たいものしか見れないです。自分の都合の良いように世の中を見てしまうのです。したがって自分が不都合な事実をつきつけられても、なかなか認めにくいものです。不都合な事実を見つめることができるは、常に注意深く訓練するしかないと思いますが、自分なりの仮説を立てて、それを疑うというようなことを愚直に繰り返すことによって、情報の感度が必ず高くなるはずです。

 

以上が本日考えたことでした。

情報への感度が高いということは、リーダーシップを発揮するのに必要な条件だということを書きました。

最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(日本語で議論する)

今日、働くことについて考えたことは、

日本語で議論する

ことです。

職場で議論することがあると思います。日本人は、議論が下手だと言われていますが、もともと議論好きなのではないかと考えています。そのことについて考えてみました。

 

1.議論はたくさんした方が良いと思う理由

私は、議論というのは、たくさんした方が良いと思います。その理由は以下の通りです。

一つ目は、

議論をしていると頭が整理される

ことです。

自分の考え方が議論を通じて整理されるます。反対の意見の人のいうことを聞いて初めて気付くことがあります。そのようなメリットが議論にはあります。

二つ目は、

可能性を広げられる

ことです。

自由活発な議論をするというのは、社会や組織にとって、新たな可能性を切り開くものです。

明治以降日本が発展したのも、日本人が言われているよりもずっと議論好きだからだと思います。

フランシスコザビエルも、日本人が議論好きであったことを言っていたようです。

juliocarlosafrica.blogspot.com

 

和をもって尊しの文化のような気もしますが、それは表向きであって、日本人は昔から基本的に議論が好きなのだと思います。それが、明治時代以降の発展につながったのではないかと思うのです。ノーベル賞を最近取り続けているのも、日本人の議論好きの文化が花開いているということだと思います。

www.nikkei.com

 

2.日本語で議論することの問題点

 

議論好きだからゆえに、逆に、日本人は、昔から和をもって尊しや寡黙に実行することを重んじるようにしてきたのだと考えます。そしてそれはある程度成功して、すくなくとも、公で議論することは減ったのではないかと思います。

特に、公の場で、自分の権利関係に絡むと途端に寡黙になる・迫力がなくなるのが日本語の特徴だと思います。

たとえば、日本のCMは、外国のもの比べて、商品説明が少なく、イメージを売り物にしていることが言われていますが、それは、外国のCMのように、商品内容を日本語で説明し始めると企業側の利権が見え隠れして迫力がなくなるからだと考えています。

 

また、裁判所・国会というのは、公に自分の権利を議論することが基本的な考え方ですが、あまり好まれないのは、日本語が自分の権利に絡んで議論すると迫力がなくなるからです。

職場において日本語で議論する場合に、なかなかうまく表現できないことが多いのは、上記のような理由があると感じています。日本語では、自己都合に基づく議論が難しくなってしまうのです。言語というのは、時代に合わせて進化するものなので、公で議論することが活発化すれば、日本語が更に洗練されると思います。それを期待したいです。

 

以上が本日考えたことでした。

 日本語で自己都合の議論はしにくいということを考えました。

最後までありがとうございました。

 

今日、働くことについて考えたこと(協力と競争)

今日、働くことについて考えたことは

協力と競争

です。

競争社会と言われて久しいですが、その中で協力することも重要です。そのことについて考えてみました。

 

 

1.競争社会

グローバリゼーションが進み、いろいろなものが競争する形で普及するようになっていると思います。

競争に勝ち抜いたもののみが存在意義を認められる構造になっている気もします。

毎日毎日、競争し、昨日の勝者は明日の勝者であるとは限らず、敗者になる可能性もあります。

たとえば、90年代マイクロソフトが圧倒的な勝者でしたが、20年近くで、様変わりしてアップルやグーグルが台頭しています。今は、アップルやグーグルが勝者ですが、10年経てばまた変わってしまう可能性は十分にありますし、その期間はもっと短くなると思います。

 

2.競争社会において協力するとなぜ良いか

一方、協力というのは、競争とは、一見すると対立する概念ですが、競争社会において協力することは、重要なことだと思います。

なぜかというと

協力すると競争社会でも消耗しないから

です。

競争に参加し続けると、消耗してしまうことがあります。そういうときに積極的に色々な人と協力するとうまく立ち回ることができるのです。

企業において、競争を勝ち抜く上で、協力が大切な戦略の手段になっていることが、明らかになりつつあります。

たとえば、昔、ビデオの標準規格を争っていたのですが、勝ったのは、規格をオープンにして、幅広く協力者を仰いだVHSが勝ちました。

d.hatena.ne.jp

他にもアップル対ソニーだとか色々なケースがありますが、協力して共存共栄していくことが、企業においても、競争社会においても、生き残りをかけた重要な競争戦略となっています。

各個人においても、同じように協力することにより、競争に勝ち残って行けるのだと思います。個人の場合、協力出来ると精神的に消耗しないからです。

競争相手が困った時に助け、自分が困った時に助けてもらうという関係が構築できれば、競争社会にいながら、消耗せずに、自分を磨いていくことも可能です。

競争社会において消耗しない方法には、協力する以外に他にも、ポジションニングを変える方法があります。たとえば、都会で勝負していたのを地方に変えて勝負するみたいな方法です。ただ、みんなが地方にいけるわけではないように、難しい場合も多々あると思います。そういうときは、協力する・協力されることを重視すると良いと思います。

 

以上が本日考えたことでした。

競争社会だかこそ、協力することが大切であることを書きました。

最後までありがとうございました。

 

 

今日、働くことについて考えたこと(信念の難しさ)

今日働くことについて考えたことは、

信念の難しさ

です。

信念をもって仕事をしていると良いこともありますが、信念を持ち続けることは難しいです。そのことについて考えてみました。

 

 

1.なぜ信念があると良いか

 

仕事において良い信念をもっていると、良いことがあります。

たとえば、流されて仕事をしていると、本当に流されてしまいますが、自分がなんのために仕事をしているかを信念を持っている人は、大局的に考えることができるはずです。

なぜこんな苦しい数字目標を達成する必要があるのかと考えたときに、単純にやれと言われたからだと考えるよりも、この数字を達成することによって、自分が正しいと思っている社会環境がよくなるとか、会社全体の為になるのだと信念を持つことが出来れば、恐ることはなにもないはずです。

 

2.なぜ信念を持つことは難しいか

 

問題は、そのように信じ切れる信念というのが、本当に存在するのか、疑問に思ってしまうことだと思います。

たとえば、結局、信念をもって頑張ったとしても、単に尊敬しない上司を喜ばせるだけなのではないかだとか、単純に上司の出世に貢献するだけなのだろうかなど思ってしまうこともあると思います。

また、環境に良くするという信念をもっている会社はたくさんありますが、外回りの仕事に車で回る、顧客にいい印象を与えるのでカラープリンターを使う、接待用の部屋に贅沢な照明を使うなど、環境破壊しているのではないかと思ってしまうこともあると思います。

信念があるといっても、ある程度バランスが必要なので、そのような疑問が生じるのは仕方ないことなのではないかと思います。

 

3.どうやったら信念をもてるか

それでは、どうやったら信念を持てるか考えてみました。二つ認識する必要があると思います。

一つ目は、

信念というのは、万人一緒というものはないのではない

ということだと思います。成長の過程で違うはずです。

子供のヒーローものには、明確な悪役がいますが、成長するとそんなものはほとんどいないことに気づくと思います。明確な悪役がいる、自分は正義だと信念を持って戦うのと、自分も環境が異なれば、もしかしたら、悪役になったかもしれないと思うのでは、信念の持ち方も違うと思います。

二つ目は、

信念をもつには、孤独に耐えられる必要がある

ことです。誰も味方がいないときに信じられる信念があるかどうかが問われます。それに耐えられるのが本当の信念なのです。

 

 

以上が本日考えたことでした。

信念を持つことは難しいことですが、人それぞれ違う信念を持つことになると思うということを書きました。

最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(自分事として取り組む)

今日、働くことについて考えたことは

自分事として取り組む

多くの会社でほしい人材というのは、会社の課題を「自分事として取り組む」だと思います。そのことについて考えてみました。

 

 

1.自分事と取り組むとなぜ良いか

 

誰かが決めてくれるのを待つとか、自分の責任ではないと考えるのは、楽なのですが、直面する課題に対して、自分事として取り組むことは大切です。

そのことが大切であるということは、以下の本にも書かれていました。

 

採用基準

採用基準

 

なぜ、自分事として取り組むと良いかというと

リーダーシップが身につく

ことがあげられると思います。

一流の経営者で、会社の問題を自分事として取り組んでいない経営者は、ほぼいないと思います。みないわゆるお節介な人ばかりです。リーダーシップと「課題を自分事と捉えること」というのはほぼ同義だと言っても過言ではないと思います。

 

2.なぜ自分事で取り組むのが難しいのか

自分事で取り組むことは、良いことだと頭でわかったとしても、なかなか取り組めるものではありません。難しい理由は、二つあると思います。

一つ目は、

責任を負わされる

事だと思います。

ほっておけば、誰かが解決してくれたものを、自分がお節介を焼いたがために、失敗してしまうのではないかと不安に感じることもあると思います。また、首をつっこめば、当然、自分がやる方法に対して、反対意見もあるので、傷つくこともあります。そのリスクを考えて、文句だけ言う人もいます。

二つ目は、

対価が見合わない

ことです。

一生懸命、首を突っ込んで、課題に取り組んだとしても、対価をすぐにもらえるかというとそいうわけではありません。場合によっては、何も感謝すらされないこともあります。そういうのがないのであれば無駄だと感じしてしまうと、なかなか自分事として取り組むことは難しいです。

 

3.まずは、取り組む前に自分事と認識することに留める

これらのボトルネックは、なかなか回避できるものではありません。首をつっこめば、責任を逃れられるかというとそいうわけではないのです。そこでお勧めなのが、まずは、取り組む前に自分事として認識することに留めるだと思います

 

人間に与えられた時間は限られており、能力も限界があるので、全部に首を突っ込むということはなかなかできないと思います。ただ、やらないと結局自分のところに跳ね返ってくるものだと認識して、やれる範囲で少しつづやればいいと思います。

そしてやれる範囲のところは、中途半端にやらず、思い切り足を突っ込んでしまった方が、楽だったりすると思います。

 

以上が本日考えたことでした。

自分事として全部取り組むのではなく、やれる範囲で全力投球すると良いということを書きました。

最後までありがとうございました。

今日、働くことについて考えたこと(覚悟の決め方)

今日、働くことについて考えたことは

覚悟の決め方

です。

働いていると、覚悟をきめることが必要な場合もあります。そのことについて考えてみました。

 

 

1.覚悟するということはどいうことか

「覚悟する」という言葉は、意味に幅がある言葉だと思います。あきらめを認めるという意味になることになることもありますが、

働くことにおいて、覚悟するということは、どいうことかというと、

何か選択して後には引けない状態にする

ということかと思います。

 

よく考えてみると、人生、後には引けないことばかりです。

毎日毎日色々な選択をしていますが、それを過去に戻って変えることはできないのです。

例えば、なんとなく、電車にのって会社にいくのであれば、電車に乗らなくて会社にいく方法はいくらでもありますが、その中の一つの方法である「電車に乗る」という選択をしているわけです。それ以外の方法で得られたであろうメリットは捨てています。たとえば、徒歩で行けるのであれば、もっと健康かもしれないという話です。

そう考えると、何気ない毎日でも日々選択し、常に覚悟することを求められているのではないかと思います。

したがって「覚悟したか」と言われたら、「覚悟している」と答えたいものです。

 

2.正しい覚悟の決め方

日々の自分の選択に対して、覚悟したと言いたいところですが、それでは疲れてしまうので、人生のターニングポイント、節目節目において、どうやったら、正しい覚悟の決め方ができるか考えてみました。

 

二つ方法があると思います。

一つ目は、

選択に当たっては、後で後悔しないようにギリギリまで考えること

です。

厳しい見方をすれば、自分の判断に対して後で後悔するということは、結局覚悟を決めきれなかったことに等しいと思います。そこまで深く考えられていなかったということです。人生の節目において、重要な判断をするときは、「この判断をした場合にどのような後悔をするのだろうか」ということをギリギリまで考える必要があると思います。二度と同じ状況が来るかというと、全く同じ状況は二度と来ません。

適切な判断をするためには、訓練もする必要があります。小説を読んだりドラマを見たりして、他人の人生に想像を巡らせるという方法もあると思います。

 

二つ目は、

逃げ道も一応考える

ことです。

覚悟するというと、逃げるなという意味にも等しいですが、物事を決めるときに、ちゃんと逃げ道を考えておくことは、責任感あることだと私は、思います。結局どういう人生を歩みたいかにもよりますが、潔さに必ずしもとらわれる必要はないはずです。

 

以上が本日考えたことでした。

覚悟するということは、結局のところ、あとで起こったことに文句を言わず、自分の選択に責任を持つということだと思います。

最後までありがとうございました。